心の気持ちよさの先に、夢がある〜静岡県立大学での講演〜

先日、静岡県立大学の「キャリア概論」の授業で講演させていただきました。

 

ご縁を下さったのは、僕が大学時代に講師としていらしていた県立大学教授の津富さん。

 

僕の、杉並区での活動を見て下さっていて、今回依頼をしていただきました。

 

この頃は、お互いまさかこのような形で関わっていくだなんて夢にも思っていなかったはず。本当に人生は分からないものですね。

 

僕は津富先生が好きなので、何も考えずに光の速さでOKと返信をしました。

しかし、改めて考えてみると、“キャリア”って何でしょう。

 

僕自身にとって、全く縁のない言葉だと思っていました。

何か、どの会社に入るかとか、会社での自分の昇級とか、そういう類いのものだと考えていたからです。

 

でも、そういう前提を取り除いて、改めて“僕”にとってのキャリアについて考えてみました。

 

僕にとってのキャリアとは、“夢までの距離”だったんです。

 

なので、授業では(1)夢をどう見つけるか(2)夢にどう近付くか(3)夢を追うことをどう続けるかについて、お話させていただきました。

 

今回は、 (1)夢をどう見つけるかについて書かせていただきます。

 

 

僕は、超が付く実体験主義者です。

 

何でも自分でやってみて、5感で体感しないうちは信じません。

 

なので、大学では自分が気になること・なんとなくやりたいと思ったものに関しては、全てやってきました。

 

アルバイトは10個以上。

海外渡航先は10個以上。

自身が立ち上げたものも含めて関わってきた学生団体やNPONGOは10個以上。

 

この体験が非常によかった。

僕は、この経験の中で“自分の心の気持ちよさに素直に生きる”ことを学びました。

 

どういう人といるとき、

どんな場所にいるとき、

何をしているとき、

どこまで物事と向き合ったとき、

自分は気持ちいいと感じるのか。

 

僕は、この気持ちよさを汲み取り、次の体験を選択する上での基準にしました。

 

選択を繰り返し、自分の気持ちよさを把握する感度があがっていくと、それはもはや自分の中の“原理・原則”となります。

 

“こうすれば、こうなる”というのが、かなりの精度で分かるようになります。

 

そうするとどうなるのか。

 

何かに流されるということがなくなります。

流されるとしても、それが気持ちいいことだと理解した上で、自覚的に流されます。

 

言い換えるのなら、無意識に選択するということがなくなります。

 

“なんとなく”ではなく、自分自身が、今、この瞬間、ここにいることの理由が分かるようになります。

 

自分の人生を、自分で選んでいる感覚。

 

そして、その先に夢が見えてきたんです。

 

 

僕の夢を見つけた大学時代からのプロセスを思いっきりはしょって説明するのなら、

 

僕は、国際交流NGOの活動を通じて「自分が向き合いたいと思う人との距離感」の気持ちよさを学び、

 

地元の社会問題を扱うイベント主催団体での活動を通じて「自分が社会を変えているという達成感を覚える規模感」の気持ちよさを学び、

 

「自分達のまちのことを自分達で決めて、それに対して責任が持てる社会に僕自身が住むこと」が僕にとっての今の一番の気持ちよさであり、夢になりました。

 

だから僕は今、杉並区という規模感で、毎回40人という区民交流の場に向き合っています。

 

これまでの体験が、本当に全て、つながっているんです。

 

学生のときは、前述の通り、とにかく色々なことに手をつけまくっていたので、「軸がない」とか言われていたのですが、気にせずやっていてよかった。

 

上っ面の専門性ではなく、簡単には揺るがない自信の価値基準を育てることができたのですから。

 

深めることが気持ちよくなってきたら、そうすればいいんです。

動いていたら、必ずそのタイミングがやってきますから。

 

 

 

誤解していただきたくないのが、別に僕は夢を追うこと=起業して自分のやりたいことにチャレンジすることだとは思っていません。

 

僕の場合、たまたま自分の気持ちいいと思うことをしている組織が他に見つからなかったので、自分でやっているだけの話です。

 

すでにそのような組織があるならば喜んで入って、安定した給料をもらいたいです(笑)

 

大企業に務めること、起業すること、世界を旅して回ること、どれも一緒です。

 

大切なのは、社会的な価値基準ではなく、“本当に”自分の心で決めているかどうかなのかなぁ思います。

 

 

余談ですが、僕はよく、「自信がある」と見られがちなのですが、特にそのように思ったことはありません。

 

ただ、理由があるとするならば、自分がなぜここにいるのかがきちんと説明出来ること。

 

もう1つは、僕の原理・原則の一つに、「自分の状態は、自分の周りの人がどういう人かで測る」っていうのがあるんです。

 

自分から見て、キラキラしている人とつながれている、出会いが多いなぁって感じられているときは、多分自分も“何か”キラキラできている。

 

キラキラしている人に認めてもらえているってことは、自分も他人から見てどっかキラキラしているんだろうと思えるからです。

 

逆に、周りの人に対して、何か物足りなさを感じるときは、多分自分に環境が合わなくなっているサイン。そういう場合はすぐに自分の行動や環境を変えるようにしています。

 

僕の周りには、今、社会的に見ても素晴らしい方達が、世代・立場問わず、本当にたくさんいらっしゃいます。

 

だから、自分のその中の一員として頑張れているのかなぁと、楽しめているのかなぁと思っているから、自信があるように見えるのかもしれません。