社会起業して働くということ。

12月31日よりも、3月31日の方がそわそわしました。

 

入ってくる情報、依頼されるお仕事、かけられる言葉、自分の働き方など、多くの企業が“大きく動いている”ことを感じるからでしょう。

 

そう、僕自身も27年度に働き方を大きく変えます。

大学を卒業して4年。起業して3年。

 

自分にとっての社会起業が、ほんのちょっぴり形になってきたかという感じです。

 ちょっと振り返ってみます。

 

■ 別に起業したかったわけではない

 

大学を卒業した後、「ISPとして活動する」ということは、既存の社会での働き方を見直し、自分流の働き方を見出すことから始めなければなりませんでした。

 

僕は、別に起業したくてしたわけではありません。

たまたま自分のやりたいと思っていたことをやっている会社がなかったので、しょうがないからつくりました。

 

だって、最初くらいきちんと先人達が積み重ねてこられたものを学びたいじゃないですか。僕は、既存の組織で働く場合には守・破・離を重んじるタイプで、意外と安定志向でビビリなんです(笑)

 

当初、イメージしていたISPの活動のキーワードは、「行政単位」「対話」「多世代交流」「つながり」など。

 

構想段階の2011年においては、東日本大震災孤独死などの社会問題、政権の不安や中央集権の限界を感じた年で、

今後これらのキーワードは間違いなく重要となると確信していたので、丁寧に活動を進めていけば、講演だったり、授業だったり、書籍の出版だったり、何かしらの形でお金になるだろうという程度の予測はしていました。

 

ただ、それがいつになるかはわからない。

自分達が積極的に意識付けをしていくものなのか、もしくは時代の流れに寄り添いながら進めていくものなのか。

 

いずれにせよ、ものすごく努力しなければならないし、時間を使う必要があることは分かっていました。

 

そして、そんなお金を稼げない時期を、どう乗り越えるかを考えなくてはなりませんでした。

 

■2足のわらじ。そして3足のわらじへ

 

必然的に考えたのは、複数収入という手段でした。

「自分がやりたい仕事」と「稼ぐための仕事」の、それぞれにかける時間と得られる対価を、少しずつ逆転させていけるように進めていくことが、一番現実的な方法だと考えました。

 

そして、最初の1年目。杉並区交流協会という杉並区の外郭団体で勤務しながら、任意団体として立ち上げ、両立する方法をとりました。週4日間の勤務で月に16万程度稼ぎつつ、空いた時間を使って土台を積み重ねました。

 

地域を土台に起業しようと考えている人、この方法は最高ですよ。

少ないけれど安定した給与・社会保険事業を通じて地域の方々と親しくなれる…いいことずくしでした。

行政の外郭団体、お勧めです。区報やホームページの求人情報を要チェック!!

 

2年目では、協会で仕事をしつつ、法人化しました。収入は安定していた一方、ISPに使う時間を十分にとることが出来ず、結果としては悔やむことが多かったです。

 

そして3年目。ISPから銀座のお寿司を2回食べにいけるかどうか程度のお給料がもらえるようになりそうなので、思い切って協会を退職し、ISPと、杉並区商店会連合会の事務局スタッフと、妙法寺清水屋という和菓子屋さんのお手伝いの三足のわらじ体制で臨みました。

 

■日本社会の厳しさを知りました

 

いやぁ…日本の社会は、会社に所属しない人に対してとことん厳しく、とことん難しく出来ているんですね。

 

例えば、保険。

 

交流協会では、社会保険に加入していました。これも、経理の方に書いて〜と言われた書類を記入したら、自動的に入っていました。

そんな感じだったので、協会を辞めたら、自動的に社会保険を脱退し、国民健康保険に移行されるんだと思っていたんです。

 

ところが、そうではなかった。

自分で申請しないと、保険に入れないんです。

これは驚きでした。ずっと無保険状態!!

病気にならなくて、事故にあわなくて本当によかったぁぁ(笑)

 

確定申告もそう。勝手に書類が郵送で送られてくると思っていました。

自分で取りに行かないといけないんですね。たまたま、区役所の近辺で働いていたから気付けました。

 

考え方が甘いなぁと自分でも思いますよ。。

でも、でも…小学校から今まで、ぜ〜んぶ“自動”だったんだじゃないかぁ!!(言い訳)

組織に入ると、「これとこれとこれを書いて下さい」「はい、やっておきました」が当たり前だった。

なので、保険とか「生命に関わるようなことは国がやってくれるもんだ」と勝手に思い込んでいました。

 

しかし現実は違いました。会社組織から離れた瞬間に「全部、自分で調べてやって下さい」に変わるんです。一番、助けが欲しいタイミングだっていうのにも関わらず。

 

よくよく考えると、貸付型の奨学金・保険・年金・その他諸々の税金…これは「毎月決まった金額が給与として支払われることが決まっている」ことが前提の仕組みですもんね。

 

どう考えても、起業して新しいことを始めるぞ〜!!という人には向かない。

一番、“無駄な”ことに時間を費やすことが必要なときに、そんなことお構いなしにがっつりお金がもっていかれますから。

 

仕組みのために働かなきゃいけなくなるし、下手すると、仕組みに殺されるんじゃないか。

 

みんな、こういうことが分かっていたから死に物狂いで就職しているのだろうか。だとしたらすごいな。僕は去年分かりましたよ、バカだね(笑)

 

■アメニモマケズカゼニモマケズ〜そして、27年度

 

…とまぁ、暗いことばかりを書きましたが、別に僕は国の仕組みに文句を言いたい訳ではありません。

 

実際、悪いことばかりでもなかったからです。

 

去年いただいたお仕事に丁寧に向き合ったこと、

地域のスペシャリストになるべく意識的に仕事の範囲・規模を狭めていたこと、 

自由に使える時間を増やしたこと、

 

それらが功を奏し、ファシリテーターとしての依頼は昨年の倍になりました。 

27年度につながる素敵な出会いが、たっくさんありました。

挑戦し続けてきた結果、次の一歩をどこに踏み出せばいいかが見えてきました。

 

そんなことを受けての27年度。

 

今年度は、

ISP

・杉並区交流協会が運営する区役所1Fのコミュかるショップの店員さん

・個人で受託するファシリテーター等のお仕事やワークショップ

 

以上3本立てで、“働く”ことに向き合ってみます。

(去年度のお仕事を退職した理由は、また別の機会に)

 

徐々に「自分がやりたい仕事」の割合が増えてきたところで、果たして今後はどうなっていくんでしょうね。

 

 

結びの言葉「奥さん、本当にありがとうございます」