“相手”の顔が見えたときが、始めどき 〜イベント・事業・会社を始めるタイミング〜

学生時代の話。

 

僕は学生団体を立ち上げ、社会問題の解決を目指して活動していました。

 

自分たちが考えたイベントに多くの人達が集まってくれたことに喜びを感じながらも、

 

「こういうことをしているだけで、社会課題は本当に解決するのだろうか」

 

と、疑問を覚えたことは少なくありません。

 

活動を続ければ続けるほど、社会はどんどん広く、深いものだということが見えてきます。解決を訴える自分の言葉が、なにか薄っぺらいものに感じてきたのです。

 

 

一方、こういった活動を続けていると、自然と同じようなことをしている人達同士の横のつながりが増えてきます。

 

 

その中に、僕とは違い、どれだけ壮大な夢を掲げられても、話を聴いていると、なぜかしっくり感じる、納得してしまう、思わず応援したくなるような人達がいました。

 

 

話のディティールがすごく細かくて、聴けば聴くほどに鮮明に映像として立ち上がってくる。

 

多分、この人は本当に、その人と会ったんだろうな、その景色を見たんだろうな。

触れ合ったんだろうな、感情が動いたんだろうなぁ。尽くしたんだろうなぁ。

だから、その先が自然と見えているんだなぁ。

 

そういう人達見て、自分もそうありたいと、強く想いました。学びました。

 

 

 

そのときの学びは、今でも生きていて。

 

“相手”の顔が見えたときが、始めどき・・・これを大切にしています。

 

「これをやると、あの人が喜ぶな」

とか

「こういうときは、あの人にお願いしよう」

とか

「絶対あの人、食いついてくるぞ」

とか

「あの人がこう言ってたから、これやりたい」

とか

必ず、やりたいと思ったことの先に、顔が見える、鮮明に。

そういうときに始めることは、大抵うまくいきます。

 

 

就職を蹴って、杉並区に引っ越してきたときも

 

杉並区ワールドカフェ・サロン”100とも”を立ち上げたときも

 

聴きあいの絵本づくりのクラウドファンディングに成功したときも

 

直近で言えば、先日第一回目を実施した、区民と職員とがそれぞれの視点を活かして共に学ぶ勉強会、「ミライカイギ★すぎなみ」の実施も

 

ぜ〜んぶ、顔が見えていたから始めたし、だから手応えを感じています。

顔が見えるということは、それまでに自分がしっかりと動いたぞということを知らせてくれる、一つの目安のようです。

 

 

逆に、これまで失敗した〜と感じたときは、

必ずといっていいほど、顔が見えていないとき・自分だけがやりたいとき・ちゃんと話が聴けてないときでした。

 

今、色々と企んでいることは山ほどあるのですが、一時停止状態にしているのは、全てこれが理由。

ある程度話を進めた上で、気づいてしまったんですよね。

「顔が見えていない」ということに。

 

だから、見えた瞬間、すぐに動き出します。

 

 

 

あなたがやりたいこと、誰が必要としているの?誰が応援してくれるの?

 

その人の名は。(あれ、どっかで聴いたような・・・)

ちゃんと言える?

 

この感覚、まちという規模感で活動するからこそ、これからも大切にしていきたいと思います。

 

新会社設立に向けて動き始めた今だからこそ、自戒をこめて。