5年間 ー僕がActive Learnersを興した理由(と書いて"わけ"と読む)ー

こんにちは!!

りんです。

 

今回、再びブログのデザインを変更しました。

僕たちと会ったことがない人達にも、親しみを持っていただけるようにするために、トップに写真をもってきました。

 

ちなみに僕は、写真の右側です。

「りん?ああ、Active Learnersのかっこよくない方ね」

と、言われてからが勝負だと思っています。

 

 

さて、会社を興してから、3ヶ月が経ちました。

改めて、創業者としての想いを、ここに残そうと思います。

「このブログは、テクニック集や実践記録を書くべ。自分達の想いとか別にいいじゃん」と思っていたのですが、前回よねが書いた自己開示を多分に含んだ記事を読んで、「・・・こういうの、大切」と思ったので、書きます。

 

 

2012年1月27日。

第1回杉並区ワールドカフェ・サロン〜もし、杉並区の100人と”ともだち”だったら〜、通称「100とも」と呼ばれるイベントを開催。ファシリテーターの「ファ」の字も、ワークショップの「ワ」の字も知らなかった僕が、初めて杉並区で主催したイベントです。

 ここから全ては始まりました。

 

そして、5年間。

 

杉並区を舞台に開催した多世代交流の対話イベントは50回を数えました。

 

企画・開催し続ける中で、僕は人が集まる場の可能性に、本当に本当にたくさん触れることができました。

 

 

準備段階。プログラムの構成1つ1つに、自分なりの原理・原則をもって組み立てていく。

当日は、中立的な立場で運営に徹する。場の動きを観察・分析し、時に介入する。

 

参加者の不安が少しずつ取り除かれていき、主体性のスイッチが入ったときの場を、外から見ているときの面白さったら、ない。

 

変わっていく、変わっていく、変わっていく

 

 

 

あっ、変わった。

 

 

はっきりと見てとれる。一言で表すと、自由。

 

共有したゴール、用意していたプログラムと、参加者自身の思考や想いが完全にシンクロした瞬間に、「すべき」とか「しなきゃ」とかから解き放たれて、「したい」だけでその場が動くようになる。

 

しゃべりたいときはしゃべって、聴きたいときは聴いて、考えたいときは考える。

 

燃えさかる炎のような盛り上がりを見せる時もあれば、炭が空気を受け取って紅くじっくり熱を放っている時もある。

 

終了後もそれぞれ。

最初に共有したゴールは達成できるのは大前提。その上で、みんなそれぞれ「何か」を持って帰る。

満足げな顔。すっきりした顔。どっと疲れが出ている顔。もやもやしてる顔。

いろんな顔。それがいい。みんな違うんだもん。

 

そんな場を一緒に経験した人達は、変わります。

「ただの集まり」が、

時に「ともだち」に。

時に「チーム」に。

時に「夫婦」になりました。

飲み会、起業、結婚・出産まで、新たな動きが、5年間で数えられるだけで350件以上も起きたんです。

他の5つの自治体でも、違いを楽しみ受け入れるという基本理念を土台に、対話イベントが今も継続され続けています。

 

もちろん、失敗もたくさんありました。

上記にあるような「参加者自身の思考や想いが完全にシンクロした〜」みたいな瞬間を、僕の立ち位置からでもはっきりと見てとれた場は、まだ数えるくらいしかありません。

 

失敗の全ては、自分の想定の甘さゆえの結果です。

 

「あのときああしていれば、一言がなければ・・・」今でも鮮明に思い出せるくらいに、悔しい。

けれど、一つ一つ、一人一人と向き合いながら、さらに原理・原則を磨いていきました。

 

 

 

そんな、5年間。

 

たっくさん頭を使って知恵を絞って場をつくって、お腹壊すぐらい緊張しながら運営して、想像し得ない成果が生まれる場面に立ち会えることが、好き。

 

原理・原則を積み重ねながら、常にトライアンドエラーを繰り返しながら、自分の糧にしていく感じが、好き。

 

自分の実感と実績の元に積み重ねたスキルと知識とつながりを活かして、ご飯を食べていくような生き方が、好き。

 

だから、会社をつくりました。

 

 

もっともっと、面白い場を増やしたい。

 

それが、今考えうる中で、自分が一番幸せでいられる生き方だと思うから。

 

 

人が集まる場が面白くなれば、チームは、もっと強くなる。学びは、もっと進む。まちは、もっとよくなる。

 

自分の周りを、自分がとれる手段の中で、一番幸せにできる生き方だと思うから。

 

 

はぁ、やっとまとまったぜ。

 

 

追記(2017.7.10)

どうして、これまで書けなかったか。

 

僕はこれまで、場づくりは、まちづくりを実現するための「手段」の1つだと考えていました。だから、地元杉並区での継続開催にこだわっていました。

 

それにも関わらず、5年後の僕の選択は、場づくりに特化すること。

つまり、まちづくりという「目的」をほっぽり、場づくりという「手段」を目的化してしまった(だと思っていました)。

 

それが、どうしても自分の中で腑に落ちていなかった。

大学生活を通じて、「自分のまちを、自分でつくる」道を選択したはずが、なんてこった、これでいいのかと。

 

でも、そうじゃなかったんです。

 

冷静に考えると、これまでの場づくりの成果は、当初の自分が想像していたほどには、"まち"に還元されていなかった。

 

つまり、【まちづくりのためには、継続した場づくりをすればよい】・・・という前提が間違っていたんです。

 

じゃあ、これまでの場づくりの成果は、一体"何"に還元されていたのか。

 

その場に参加した"人"、にでした。それは、自信をもって言える。

 

そもそも、"まち"は、"人"の集合体。

 

はっ・・・つまり、上質な場が増えると、そこにいる"人"は豊かになる。

"人"が豊かになると、結果的に"まち"が豊かになる。

 

これだっ!!・・・と。

 

僕は、後退したわけではありませんでした。

 

以前の自分が立てた前提を5年間の検証ののちに修正し、

 

【人が集まる場がもっと面白くなれば、人はもっと幸せになれる。人が幸せになると、まちはもっと豊かになる】

 

という新たな前提を打ち立て、

 

新しい仲間達と共に、新しい一歩を踏み出していたのでした。

 

自分の中で、また一本の道筋が見えた。

 

また、これからしばらくはこの道を歩いてみようと思います。