「できます」は、"可能"を表す言葉じゃないーりんたろうの仕事の流儀

僕は、自分が少しでもやりたいと思えることで、

 

「これ、お願いしたいんだけれど、できる?」

 

と訊かれたら、

 

「できます」

 

と、"いい顔"して答えていると思います。

 

 

 

 

そして、帰ってからもんのすごい考えます。

 

どうやったら出来るんだろうなぁ・・・と。

 

そして、めっちゃ努力して、必ず実現させます。

 

 

 

「できる?」と訊かれた瞬間の自分には、おそらくできないでしょう。

 

かと言って、それは、嘘をついているわけではありません。

 

叶えてしまえばいい。そうすれば、それは本当になります。

 

 

 

「そんなこと言っちゃっていいの??出来なかったら、相手に悪くない??」

 

なんて、一瞬でも考えるのがバカバカしくなるぐらい、「人に何かをお願いされる」というのは、非常に奇跡的なことだと思っています。

 

 

お願いする人の周りにも、たくさんの人がいるはずです。

普段から関わりがあったり、これまでも一緒に何かをしてきたり。

いや、インターネットサービス全盛期の今、もはや知り合いでなくても頼めますよね。より経験値が豊富で、見せ方も上手な人達が溢れていて、ワンクリックでつながれるんですから。

 

 

 

そんな中、何の偶然なのか、気まぐれなのか、はたまた先見の明なのか、その人は自分にその話をふってきたわけですよ。

 

 

自分がやりたいと思っていることを、他の誰かがやって欲しいと思っている。

 

 

ありがたいことに、人は、誰かのために頑張るとき、普段以上の力が発揮されるようにできている。

 

 

チ ャ ン ス で し か な い。

 

 

 

自分が新しい世界を切り拓くための舞台は、完全に整いました。

 

 

 

「できます」

 

 

 

それは、今、可能かどうかを伝える言葉ではない。

 

何千何万という人の中から自分を選んでくれた相手に対しての誓いと、

「自分の可能性を信じる」自分に向けたエールだと、僕は思っています。