ファシリテーターが介入するのは何のため? ―十分な観察と、目的・意図をもって関わる&関わらないこと―

こんばんは、よねです(^^)

 

私たちは、様々な場面で「物事に対し主体性をもって取り組む人“アクティブラーナーズ”を増やす」ことを使命として活動しています。

 

 

このところファシリテーションの観点から研修講師のご依頼を受けることも多くなり、あれこれとお話しさせていただく&体験ワークを提供させていただいております。

その中で、しばしばいただくご質問に「ファシリテーターはどれくらい/どんな場面で介入するのか?」があります。

 

 

理由をもって介入を判断する観察眼を!

 

結論から言えば、「参加者にこうなってほしいという目標があり、そこに向かう中での『今』を捉えたとき、そのときに必要な介入は行えば良い」と私は考えます。

会社の方針として「参加者の主体性を育む」という方向性がある中、ただほったらかしにすれば良いわけではない。

でも、何から何まで介入していたら参加者はファシリテーターに依存してしまう。(それってそもそもファシリテーションなの…?(笑))

見極めは難しいですが、現場ではそんな絶妙な塩梅を追求しながら介入しようかしまいか考えつつ行動しております。

ヘラヘラ~っとしながらウロウロしているように見えつつ、実はものすごく場の雰囲気、各グループの状況、個々人の感情の動きを観察している(つもりな)のです!

表面的な「話していないな~」「盛り上がっていないな~」と見える現象の背景を読み取ろうとじっくり待って把握する、これ大事!!

 

 

介入する規模 ―全体・グループ・個人―

 

これは私が持っている感覚的な介入のスタンスです。

前提として、場に立ち会っている参加者はそれぞれ多様な考え方・物事の捉え方を持っており、グループを組めばグループによって独自の色が出てきます。

上述の理由で介入が必要と判断したとき、その対象はどこかというと「グループ」か「個人」の場合がほとんどです。

「全体」への介入・声かけを(タイムマネジメントくらいの軽いもの以外は)なるべく避けるのは、ワークへ取り組む進度や前のめり感がグループによって異なってくるからです。

停滞しているグループがあり、介入の必要性を見出した場合、全体への声かけで後押ししようとすると、もともとしっかり内容に入っていたグループの取り組みを遮ることになりかねません。

たった一人のおしゃべりさんにかかわるのに場全体に声をかけても、直接関係ない方の方が多いし、響いてほしいターゲットに届かなければ意味がない。

あくまで対話の場の活性化を支援するファシリテータ―と言えど、ちょっとした一言の影響力が正にも負にも大きくなりうることは自覚する必要があると思います。

 

 

人・グループの「多様な」在り方への意識、そしてそれらに「個別に」対応する姿勢。

介入は、場づくりの目的に沿って適切なタイミングで適切な規模で。

参考までに、この感覚を持って場づくりしてみてはいかがでしょうか(^^)/